2026.2.16 旅の随筆essay 「台湾」
車椅子と寛容と
Tolerance and the wheelchair

貿易商社勤務をしていた親しい友人とおしゃべりをしていた。
台湾の「故宮」の話になった。商社マンでしばらく台北勤務をしていた彼。
日本からやってくる知人、友人、同僚たちをここに案内すること十数回。
そのほとんどが故宮302号室の『翠玉白菜』と『肉形石』を見るとカフェかギフトショップに寄って、さっさと帰るんだと笑う。
だから俺は二階も一階もまったく見たこと無いと笑った。
私もハハハと笑い二階にあると知っている明の時代の『明永樂青花天球瓶』は見たいもんだといった。
腰痛に悩む高齢妻を連れて行けるかな。
というと彼は思いがけなく高尚な言葉を吐いた。
「老をいつくしむ《寛容》の精神を台湾人はもっているから大丈夫。
それにどこでも車椅子がおいてあるからそれを借りて移動しな」
と若き日のマイワイフを知っている彼はやたらと優しい・・。
台湾は道教と仏教の(国)である。
旅行会社HISの旅のキャンペーンや旅のお買い得品マニアの次女がWEB予約してくれて、今回の旅行となった。
安価な分、長女と当の次女もちゃっかり便乗しての家族旅行となった。
旅を前にして、東葛西図書館のデスクを借りての物書きにもあきて、世界の歴史コーナーをぶらぶら。
導線を伝わるとそこに「台湾の歴史大全」と「台湾Q&A」の本二冊を見つけた。
さらにネット検索で図書館に所蔵されていない児童図書
『オードリー・タンの誕生 だれも取り残さない台湾の天才IT相』(石崎洋司著 講談社2022.4.18発行)
も見つけた。
作品紹介にこうある。
2016年の台湾政府下でデジタル大臣に就任した、オードリー・タン(唐鳳・就任当時48才)の伝記物語。
8才で学校に絶望し不登校。
死も考えた彼がどうして希望をとりもどしたのか?
IQ180の天才は十代で起業。
台湾のマスクマップの開発(コロナ禍で全国民にマスク公平に配布するシステムをわずか3日で構築)を指揮する。
オードリー・タンはこう言う
「子どもの頃、町には車椅子を見なかった。戒厳令下の台湾では体制に従うか抵抗するかしかない社会だったから」
「社会が寛容に変わらないと車椅子というテクノロジーさえ使えない」。
寛容とは、心の広さを表す言葉。それぞれが持つ価値観を受け入れるということ。
タン氏はこうも言う。
「指で操作するようになると常にスマホをスクロールしてしまうから依存症になってしまう。
テクノロジーは人間を補助するもので人間がテクノロジーの奴隷になってはいけない。」
たしかに、タン氏のデバイスは折りたたみ型のガラケイに見える。
そしてタブレットを使う時は必ずタッチペンを使っていた。
タン氏はさらにこんな話をしている。
「AI(人口頭脳)にしても今の世界は個人情報をビックデータで分析する「監視資本主義」になっている。
万能なドラえもんの世界に行くのではなくて“いまいるのび太の世界”でのび太がうまくなじむように助けること」
それが必要で大事なことと話している。
車椅子と寛容の話
◆早朝の台湾桃園国際空港に到着。
当日はホテル界隈ですごす。
娘二人は足ツボマッサージに。
私と妻はホテル横のなぜか「はま寿司」に入った。
なんかうまい。
四人がそろったところで台湾スイーツの定番「豆花&杏仁豆腐」の店に入る。
ホテル近くのローソンで、おでんを買ってホテル山水閣にもどった。
翌日は「故宮」に。
友人の言葉どおり案内カウンターに車椅子貸出があった。無料。
スタッフにパスポート預けて預かり証をもらう。
早速、妻を乗せてEVで三階に。
302号室の『翠玉白菜』を鑑賞。
白菜に取りついているイナゴとキリギリスは子孫繁栄の象徴らしい。
お隣の『肉形石』。
豚の角煮にそっくりな驚きの天然石。
ルーブル、メトロポリタン、とは違う近代的な巨大な館内である。
膨大な数の至宝が眠る中国文明のこの博物館は世界四大博物館のひとつ。
私はパリ、ニューヨークとここで三つ目。
モスクワには行けそうもない。
結局、天球瓶を見ることができなかった。
広すぎて迷い道。
四人はうろうろ。
ご多聞にもれずギフトショップで足がとまる。
夜は定番の夜市にくりだす。
寧夏夜市のTシャツ店で記念のLLサイズを買った。日本円で1500円也。
かわいい、ボクササイズとヨガ用でーす。
豚角煮ホンロウファンにまたまたスイーツ、中華ボールの店に並ぶ。
◆帰国時の桃園空港搭乗受付カカウンター。
ありました車椅子。
11ある航空会社の全ての搭乗受付カウンターの横に車椅子が何台かセットされていた。
これは私本人が確認しました。
ノーチェックの貸し出し。
待ち時間に妻を乗せて列に並ぶ。
係員の女性がスマホ通訳であれこれ聞いてくる。
「ここのチェック終わると手荷物検査まで距離があって階段もあるからアテンドスッタフ用意しましょうか」
「Thank you but no need ,she can walk short distance 私がついているから大丈夫です」
私のアジア英語と日本語ミックスVSスマホ通訳がかみ合わない。
彼女が再びスマホ画面を私にみせる。
「車椅子を所定の場所に返却したら少し待っててください」
と急ぎ足で立ち去った。
搭乗手続き終わり、妻はトイレに。
娘たちと一緒に手荷物検査場の方に。
私は車椅子を畳み所定の場所にセットしていると、若い男子をつれて女性係員がやってきた。
「あ、Wife is OK。娘たちと歩いていきました。すいません、ありがとう」(日本語通じた?)
若いgood boyも残念そう。
女性スタッフは「気をつけてくださいね」とどこまでも寛容である。
「え、男の子に介助お願いしたかったな。ざんねん」(笑)
とプリンセス妻は屈託がない。
付録 1
台湾観光でガイドの宋さんが紹介してくれた台湾茶の効用の話。
心臓に癌は発症しません。
何故ですか。
ここには温かい血流があるからです。
人体における”冷え“が健康によくないのです。
(以下 台湾茶の宣伝なので割愛)話の裏を取ってみました。
・ガン細胞は高温に弱く摂氏40度で死滅してしまう。冬場は45度の風呂に入る、私は無敵。
・心筋細胞には未分化な細胞がないからとは、病理学的説明。
・心臓からガン抑制ホルモンが出ているから。なるほど。
・ガン予防は、運動。ともかく体を動かす、運動を習慣にすること。
・歩いて、ストレッチ、温かいお茶を飲んでリラックス。これが一番ですね。(私見)
付録 2
台湾130年の傷跡。
1996年の選挙で李登輝総統が誕生し台湾は民主的な(国)になった。
以後の台湾は経済で世界と勝負する(国)づくりを目指す。
蛇足ながら、李氏は京都大学農業経済科卒業で1944年には日本人として学徒出陣も経験している人物。
さて、いまや経済力で国際的な地位を占めている台湾。
その代表的企業といえばTSMC社だろう。
半導体(MPC)チップ製造に特化。
世界市場の55%を占めている。
インテル社など米国企業は設計に特化。
サムソン社(韓国)はフラッシュメモリーに特化し世界一。
これらで水平分業体制を敷いているのだ。
先ごろ、熊本にTSMCの新工場が誘致されたがその経済効果は一兆六千億円規模といわれている。
さらに2026.2.15米台間で関税をほぼ全廃。
米台準同盟締結かといわれているニュース。
アジアは経済激震の時代に入ったのかも・・。
付録 3
テレサ・テン
鄭麗君 (1953~1995)台湾生まれ
1970年代から「アジアの歌姫」と呼ばれた台湾の英雄的人気歌手。
日本では日本ポリドールと契約。
「空港」がヒット。
その後トーラスレコードに移籍。
「つぐない」「愛人」が大ヒットする。
1989.5.27 香港のハッピーバレー競馬場で中国民主化支援コンサートを開催。
30万人を集める。
テレサはジーパン姿。
「民主万歳」のハチマキ。
胸に「反対軍管」背に「我愛民主」のゼッケンをつけて『私の家は山の向こうにある』を歌った。
1995.5.8 タイ、チェンマイのホテルから緊急搬送され死亡。
死因ははっきりしない。
墓は台北市新北にある。
私の家は山の向こうにある -我的家在山的耶一辺-
作曲:周藍萍 詩:王琛
私の家は山の向こうにある
そこには豊に茂った森があり
そこには果てしない草原がある
春には稲や麦の種子をまき
秋には刈り取り新年を待つ
張おじさんは愁いがなく
李おばさんはいつも楽観的
(ヤオトン)から狸鼠が出てきてからは
一切がすっかり変わってしまった
そいつは深く埋もれていた白骨を食らった
人の良善を侵毒した
私の家は山の向こうにある
張おじさんは喜びを失ってしまった
李おばさんは笑顔をしまいこんだ
鳥は暖かな巣を飛び立ち
春は寒冷の冬へと変わった
親しい友らは自由を失った
華麗なる団欒を捨て去った
友よ 一時の歓楽を貪るなかれ
友よ 一時の安逸を貪るなかれ
出来るだけ早く帰って
民主の火を燃やそうよ
我らの育ったところを忘れてはいけない
それは山の向こうにある
山の向こうに
